松江の銘酒、豊の秋 - 「豊の秋」醸造元 米田酒造株式会社

0852-22-3232

蔵元あいさつ

酒造りは自然と共にある

酒造りは水・空気・土壌などの自然環境の中で成り立っている。
きれいな空気と安全な水によりお酒にとって最適なお米が育まれます。いい原料米を農家の皆さんに作ってもらうのが酒造りの原点です。瑞穂の国がいつまでも続くように、我々が環境を破壊せず、守ることの努力が必要です。 
仕込み水は玉造温泉の山を一つ越したところの湧水を使用しています。枯れたことのない水で、やや軟水の柔らかい水です。簡易水道としても使われたこともあり、上水道に変わった今でも、近所の方は使用しておられます。米田酒造ではこの水をタンクローリーで運んでいます。
杜氏をはじめとする蔵人達はこの米と水を伝統の技術を使って日本酒を醸します。
お米から出来ている日本酒を飲みながら、酒米栽培適地である中山間地の維持の大切さを感じていただければありがたいです。

酒造りの伝統

日本最古の歴史書「古事記」には「ヤマタノオロチ」が酒を飲んで酔い潰れたのを、出雲の国の「スサノオノミコト」に討ち取られてしまうという伝説が登場する。
そして、出雲地方にとって10月は「神在月」。10月13日、出雲市の佐香神社(松尾神社)では、出雲杜氏や酒造関係者が集まり酒造りの安全を祈願する「どぶろくまつり」が開かれる。出雲風土記には「佐香の河内に百八十神等集ひ坐して、御厨立て給ひて、酒醸させ給ひき。すなわち百八十日さかみずきして解散け坐しき。故、佐香と云う」とある。この佐香(さか)が酒の古名に該当することから、この地を日本酒の発祥の地であると推察されている。

技術の伝承

出雲杜氏・蔵人は以前250名位いたが今では50名位になっている。以前は出雲杜氏は山陰はもとより山陽、四国まで酒造りに出かけていた。農業の環境も変化して季節の酒造り集団としての活躍の場が少なくなってきた。現在は蔵元杜氏や社員杜氏が増え、当然蔵人も社員が増えてきている。昔ながらの杜氏制度とは形態が違ってきている。若い杜氏・蔵人も増えてきており、今、出雲杜氏の技術伝承が必要となってきている。島根県では出雲杜氏・石見杜氏のベテラン杜氏を囲み長年蓄積された技術を伝承しつつあります。その一環として酒造技能士の試験も島根県で実施し、出来るだけ多くの酒造り関係者に受験してもらいレベルアップをはかっている。

酒蔵の一年はドラマチック

酒米の収穫は10月、入荷した大切な酒造好適米を自家精米します。精米したお米はしばらくねかしておきます。そして11月からはいよいよ酒造りが始まります。新酒は12月下旬になると出来上がります。さらに寒さがやってくるころには、吟醸酒の仕込みに入ります。1月から2月は仕込みと上槽が続きます。3月半ばになると出来たお酒の火入れが始まり、3月末の日本酒の仕込みが終わると続いて本みりん「七宝」と料理酒「出雲地伝酒」の仕込みが始まります。これらのお酒は3カ月かけて発酵させ、7月から8月にかけて搾ります。みりんと出雲地伝酒は約1年間寝かせて熟成を待ち完成です。糖化の必要なお酒は積算温度が必要です。
6月には梅の実がみのり、その梅を日本酒に漬け込み、和のリキュール梅酒を仕込みます。3か月たった9月には梅の実を分離し、梅酒の出来上がりです。しかしすぐには製品にせず、1年間熟成をさせます。酸味が和らぎ美味しい梅酒の出来上がりを待ちます。原酒の日本酒が持っていたアルコール分は11度とソフトな梅酒となり、甘さ控えめな少し酸味を感じる美味しい梅酒となります。
9月には熟成した日本酒の酒粕を常圧で蒸留した粕取り焼酎を造ります。この焼酎は野焼きかまぼこの原料や奈良漬けの原料となります。地域によっては氷砂糖を入れてロックにして飲まれております。
またみりんと混ぜて柳陰(本直し)として甘い飲み物としてかって飲まれておりました。
このように一年を通じて酒造りが出来るようになりました。

酒造りに対する心がまえ

整理整頓、仕事場をきれいにすることは酵母や麹などの生き物であることを思えば当然のことです。相手が生き物であることを認識し伝統の手作りで接したいと思います。機械化すべきところは技術を導入し、原料処理などは出来るだけ手をかけ丁寧に洗い、また浸漬は限定吸水手作りに力を注いでおります。またもろみの発酵は温度の強制管理は特に異状がなければ、寒冷な空気を取り入れながら、自然環境にゆだねております。微生物がお酒を造る環境を整えるのがわれわれの仕事だと思います。

日本酒の美味しさのPR、料理との相性、お酒の持つ健康と安全面をPRするとともに、もの作りの大切さをお酒を通じてPRしたいと思っております。