松江の銘酒、豊の秋 - 「豊の秋」醸造元 米田酒造株式会社

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蔵人は今

2021年6月のアーカイブ

酒造好適米と主食用米での酒造り

酒蔵はいま | 2021年6月30日

「豊の秋」では日本酒造りに2種類の米を使います。
 
酒造りに特化した品種の「山田錦」などの酒造好適米と、普段ご飯として食べている「コシヒカリ」などの主食用米(以下、飯米)です。
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酒造好適米も水田で作ります

酒造の、少なくとも「豊の秋」の現場では、「酒造好適米は食べても美味しくない」「飯米ではいい酒が造りにくい」と言われてきました。
 

「飯米ではいい酒が造りにくい」のか?

 
今の杜氏になって、飯米の「つや姫」を100%使った純米酒を造りはじめました。(現在欠品中です)
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杜氏が毎日ご飯で食べている島根県産の「つや姫」が美味しいので、これで酒を造ったらどんなかな?という興味からでした。当時、島根県産「つや姫」が「米の食味ランキング」で最高ランクの特Aを獲得し注目を集めていた時期でした。
 
「ちゃんと麹さえ出来れば酒になるんだがな」と試しに麹を造ってみたら、これまで試した飯米よりもよっぽど良い麹ができてしまったのですね。そのまま純米酒を仕込むことになりました。
 
酒造好適米と飯米の大きな違いのひとつが「心白」の有無です。
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写真左が島根県産の酒造好適米「五百万石」。右がご飯用にスーパーで買った島根県産「つや姫」です。
 
酒造好適米に見られる中心の白い部分「心白」はデンプン組織がまばらに隙間を作って集まっている柔らかい部分です。これがあるので麹菌が繁殖しやすく、質の良い酒ができる米麹ができます。
一方で「つや姫」には心白が見られません。これで酒造りの要となる米麹が果たしてできるのかという思いが「ちゃんと麹さえ出来れば酒になるんだがな」という言葉につながります。
 
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(酒造好適米への麹菌の破精込み)
 
他の大きな違いのひとつが「タンパク質」の多寡です。
 
酒造好適米はタンパク質が少ないのが特徴です。タンパク質が少ない方が酒造りにはなにかと都合が良いです。飯米でもタンパク質が少ない方が食味が良くなると言われています。
食味ランキングで好成績の島根県産「つや姫」で「豊の秋」らしい純米酒が造れたのもそこにポイントがあったかもしれません。
 
とは言え、酒造好適米と比べると「つや姫」で酒造りをするときの作業性はやはり大きく違います。水を吸わせるのに2倍の時間はかかるし、蒸した後にべたべたと手や道具に引っ付きやすいうえに、冷ますのに時間がかかると麹ができにくかったりモロミで溶けにくくなるなど、ツヤツヤもちもち食べたときの美味しさとなる特徴が、酒造りのしにくさになります。
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造り手としては、酒造好適米の方が仕事がしやすいのは確かですが、飯米でも品種と造りの相性が合えばいい酒はできると言えます。
 

「酒造好適米は食べても美味しくない」のか?

 
飯米の食べて美味しい部分をそぎ落とすかのように品種改良されてきた酒造好適米が、食べて美味しくないと言われてきたのは当然のことのように思えます。
 
そもそも酒造好適米の生産量は飯米に比べて圧倒的に少なく、また様々な理由で米の状態で一般に出回らないので、食べたらどんな味がするのか興味のあるところですよね。
酒造好適米を精米して出る米粉をパン屋で使ってもらうと、「そのパン、アルコールは入ってないわよね」とお客さんに聞かれたと言われることがよくあります。それだけ酒造好適米は謎な米なのですね。
 
酒造好適米の作られる量は全国の酒蔵が求める量でほぼ決まります。「豊の秋」のケースでは、その年の酒造中に来年の酒造用の米の発注をします。天候や市場の動向によって予定より多めに買い取ったり不足で困ったなという年もありますが、ほぼバランスが取れていました。
 
ところが、コロナ禍による急激な日本酒の消費・製造の減少で多くの酒造好適米が行き場を失い、なんとかして食用として出荷されるケースが出てきました。
 
その中で「豊の秋」が大吟醸で使う兵庫県産の山田錦が「パックごはん」として商品化されていました。
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杜氏のお子さんは「お酒の味がするのー?」と興味津々で寄ってきたそうです。
 
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食べてみると、やはりモチモチ感や甘味はコシヒカリなどに比べると少なく、あっさりとしていてカレーやチャーハンに合いそうだなという食感です。お酒の味はしません。
 
本来ならば酒にして皆様にお届けする我々が、酒造好適米をご飯として食べることをお伝えするのに心苦しさはありますが、飯米と食べ比べ飲み比べをしてみて、米や日本酒への興味を持っていただければ幸いです。
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紹介した兵庫県産山田錦の「パックごはん」はJA全農のショッピングサイトでカレーとセットで販売されています。
https://www.ja-town.com/shop/g/g5401-28050402y/
 
 

酒蔵の周りの草抜きを行いました。

雲州松江の風景 | 2021年6月29日

酒蔵の周りの草抜きを行いました。雑草が伸びてくるこの梅雨時期に従業員で行っています。製造を行っている蔵の周りは大通りに面していて雑草やゴミが歩行者の目につきやすく、当蔵が綺麗な松江の景観の一部として見えるように定期的な清掃作業を行っています。

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松江市は全国的に見て雨の多い地域です。この季節はあちこちの地区で草刈り作業を行っています。この日は日差しが強く営業や製造の社員で大汗をかきました。鎌を使いながらしゃがんで作業を行ったので普段使わない筋肉を使ったみたいで翌日筋肉痛になりました(笑)

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綺麗になっていく景観を見るとやはり気持ちよくやりがいも感じました!市民の皆さんや観光をされる方々に、当蔵も松江の綺麗な城下町の街並みとして見て頂けるように努めてまいります。

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梅酒を仕込んでます

酒蔵はいま | 2021年6月15日

4月に日本酒造りが終わり、5月にちょっと一息ついて、6月は梅酒の仕込みで忙しくしています。

米田酒造では、自社の日本酒で漬けた梅酒を造っています。

 

梅はすべて島根県産で、雲南市三刀屋町産と松江市八雲町産を使います。(写真は三刀屋町産)
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八雲町産の梅の生産者は「NPOむらの駅やくも」さん。ブログに杜氏と蔵人が写っておりますね。
↓↓↓
むらの駅やくもブログ  - 『【むらの駅やくも】梅の収穫 今年は農作!』 

産地から収穫の連絡を受けたら自分たちで引き取りにいき、24時間以内には洗ってヘタを取って青々としているうちに仕込んでしまいます。フレッシュで爽やかな香りと酸味に仕上げるためです。これを約一週間繰り返します。
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造り方はいたって普通の、家庭で梅酒瓶で作るのと同じ方法です。材料もいたってシンプルに、青梅、氷砂糖、日本酒だけ。

青梅と氷砂糖をタンクの中に交互に敷き詰め、日本酒をゆっくり注ぎます。

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(すでについている色は、日本酒の本来の色です)

タンクの中はこんな風になってるイメージです。(写真AC)
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仕込んだ後はときどきかき混ぜます。タンクでは梅酒瓶のように中の様子が外から分からないので、日本酒と同じようにカイ棒でかき混ぜることによって、濃度を一定にすると同時に梅や氷砂糖の様子を伺います。ホワイトリカーや焼酎と違って日本酒はアルコール度数が低いので、雑菌が入らないようするのにとても気をつかう作業です。

じっくり梅のエキスを抽出して9月にはこんな感じになります。
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こうなったら梅の実を取り出し、さらにタンクで熟成させます。今年仕込んだ梅酒は来年の今ごろ製品になります。

なお!「豊の秋」の梅酒に使ってるのと同じ「むらの駅やくも」の梅が、今なら買えます。今年は私たちと同じ梅で梅酒を作ってみませんか?
↓↓↓
合同会社 弐百円オンラインショップ  - 八雲のふぞろい梅

豊の秋の日本酒仕込み梅酒「雲州梅酒」のお求めはこちらから
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水の都 松江の風景~米田酒造のある街~「出世稲荷神社」

雲州松江の風景 | 2021年6月14日

松江駅から宍道湖に向かって一キロほど歩くと寺町という名前の通りお寺がたくさんあるエリアがあります。そこに「出世稲荷神社」という神社があります。米田酒造の清酒を御神酒として利用いただいています。

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出世稲荷神社は松江の領主が代々信仰した神社で、12世紀までさかのぼることが出来ます。元は今松江城のある亀田山、大昔は末次山と言われており開拓するにあたり農耕の守護神をお祀りしたのが始まりとされ里人が信仰していました。

 

 

鎌倉時代から信仰されており、1607年から松江城を築城した(1611年完成)堀尾吉晴、江戸期には松江城藩主の松平家に至るまで代々この地を治めていた人々も信仰していたそうです。明治に至るまで今の島根県民会館(松江市殿町)があるエリアにお宮がありましたが、明治の廃藩に伴い明治21年に現在の寺町にお宮を遷しました。

 

「松江三大稲荷」にあげられ開運招福、商売繁盛、病気平穏、厄除けなどを願う人々の信仰を集め多くの方が参詣になっています。また開運出世が特にご利益があるということから、いつ頃から「出世稲荷神社」という呼び名になったそうです。

 

この度夏祭が6月9日に前夜祭、6月10日に大祭があり参拝しました。B4.jpg

毎年この夏祭は境内を開放してイベントなどを開催しており米田酒造も出店させていただいたりお世話になっていましたが今年はコロナウイルスの影響でご祈祷だけの形式にされたそうです。B3.jpg

アメリカの稲荷神社にも今回の夏祭のご祈祷の動画を配信されるそうで、日本語のご祈祷の間に英語でのご祈祷もされているのがとても印象的でした。コロナウイルスが収まり、また賑わいのある夏祭の風景が見れることを楽しみに思いを馳せながら参拝をしました。松江に立ち寄った際は是非お立ち寄りください。B2.jpg

 

 

 

 

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