『杜氏さんの言葉に学ぶ』より引用【著者:国税庁醸造研究所 伊藤 清氏】

 我々は麹を造る時に香りの変化に気をつかうが、これは何のためであろうか。より香りのする麹を使えば生成酒の香りもよくなるといった意味も無くはないであろうが、主な目的は麹の香りの変化を指標として製麹管理行っているのではなかろうか。麹の香りの用語としてよく知られているものに、オハグロ臭、栗香、キノコ臭等がある。
 即ち麹の香りは製麹管理を行うにあたっての重要な情報源であり、香り成分(揮発成分)を分析すれば製麹管理の指標が得られるのではないかと考えた。
 しかしこの揮発成分については未知の部分が多かったのでまず揮発成分の分析を行ってみることにした。麹の揮発成分は極めて微量であるので分析には工夫を要したが、装置は第5図に示したものを使い、培養槽の出口にテナックスという吸着剤を装着した。これで捕まえた揮発成分をガスクロあるいは質量分析計で分析した。第1表に同定した揮発成分の一覧表を掲げたが、多くの成分から構成されていることがわかった。
 さてこの分析システムを用い製麹経過に伴う揮発成分の変化を追ってみた。当初は菌体量が最も多い出麹時期に最も揮発成分の量が多くなると予想したが、案に反して出麹時期には揮発成分は殆ど検出できなかった。実は揮発成分生成が最も多くなる時期は仲仕事時期だった。

第5図 揮発成分捕集装置
第1表 麹菌の生産する揮発成分
Groups No Compounds
Alcohols 7 Ethanol
9 n-Propyl alcohol
10 i-Butyl alcohol
11 n-Butyl alcohol
12 i-Amyl alcohol
13 3-Met-3-buten-1-ol
16 1-Octen-3-ol
17 n-Octanol
Ester 4 Ethyl acetate
Aldehydes 1 Acetaldehyde
2 i-Butyl aldehyde
6 i-Valeraldehyde
Ketones 3 Acetone
5 2-Butanone
8 Diacetyl
14 3-Octanone
15 Acetoin
数字はクロマトグラム中の番号と対応する
 
 第6図に揮発成分の変化を要約して3次元グラフで示した。38度一定で製麹しているので、通常の経過とはやや異なるが、22時間目が最も菌体増殖が盛んな時期であり、仲仕事期に相当する。この時期に最も揮発成分の量が多くなり、構成成分は高級アルコール、ケトン、アルデヒドが中心である。従って官能的には青臭い感じがする。これらの成分はアミノ酸代謝の中間体であり、菌体増殖速度も最も盛んなこの時期に生成量が多いというのは理解できることである。仕舞仕事は26時間目であり、揮発成分の量はかなり減少するが、この時期から1‐オクテン‐3‐オールという成分が増加する。出麹は38時間であるがこの時期には揮発成分は殆ど検出されない。しかし1‐オクテン‐3‐オールのみはさらに増加し続ける。1‐オクテン‐3‐オールはキノコ香の主成分として知られているものである。

第6図 揮発成分の経時変化
(A:菌体量,B:増殖速度)

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