| ○出雲弁 |
○標準語訳 |
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〜えちばたのけえべん〜
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〜一畑(いちばた)の軽便鉄道〜
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| 「こなえだ、新木佐のせんせぇが えきとらえたころね、いーせんでほうそーしとらえた本が 出たども、おまえさん 買うわぇたかね」 |
「此の間、新木佐の先生(木佐紀久先生)が生きていらっしゃった頃に、有線で放送されていた事が、本となって出たけれど、おまえさんは買われましたか」(注) |
| 「えんやー まんだだども」 |
「いや。まだですが。」 |
| 「あのせんせは ほんね ふらたのことを よーしっちょらいたもんだがねー」 |
「あの先生は本当に平田の事をよく知っていらっしゃいますねー。」 |
| 「あげだったねー。まーで 見て来たやね えわいだけん」 |
「そうでしたね。まるで見て来たように言われますけん。」 |
| 「あの本ね あーだども えちばたの電車が まんだ けーべんだったころの話やなんか、なんてて なちかしことだがねー」 |
「あの本にありますが、一畑の電車が、まだ軽便鉄道(S・Lで可愛い汽車が走っていた)だった頃の話など、何とも懐かしい事ですね。」 |
| 「ほーん。けえべんねえ。わしゃ 乗ったこた あーけん 孫やちね 話ししーだども、えまんごーの 子供やちゃ 本気にさーせんじね。」 |
「ふーん。軽便ね。私は乗ったことが有りますから、孫達に話すけれども、今頃の子供達は本気にしませんよ。」 |
| 「そらそげだわね。なげぇ煙突立てて、煙だいて ごとんごとん走っちょーなんててねー。」 |
「それはそうですね。長い煙突を立てて、煙をはいてゴトンゴトン走っているなんてね。」 |
| 「あのころにゃ ほんね 珍らしてねー。わざわざ ふらたまで見ね出たもんだどもねー。」 |
「あの頃には本当に珍しくてね。わざわざ平田まで見に出たものですからねー。」 |
| 「あげあげ。二りょれんけちで、そーも さかしね ふっぱっちょーだけん。さいしょ 見たときゃおべたわね、話にゃ聞いちょったどもねー。」 |
「そうそう。二輌連結で、それも逆さで(前後反対、当時は機関車の前後を回すことが出来なかった)引張っているから。最初に見た時には驚いたね。話には聞いていたけれど。」 |
| 「ほんねねー。なんてて まっくれけむーでねー。そーも えまみたぇね はえこたねだけん。」 |
本当にね。何と言っても真っ黒い煙でね。それも今のように早く無いのだから。」 |
| 「そーねつけて おもっしぇ はなしがあーだがね。えまえちへ かよわっしゃー足のはえしが、大津のおーまがーで けえべんと きょうそーして勝ったちーだね。けえべんは坂んかかーと せつがって 遅んなーだけん、おりて大まわーして待っちょったら、だいぶしてから来ただけん からかえて とびのらいたら、乗っちょーもんやちが てーたたえて喜んだげなわ。」 |
「それにつけて面白い話がありますよ。今市に通う足の早い人が、大津の大曲りで軽便と競争して勝ったというのだからね。軽便は坂になると息切れして遅くなるのだから、降りて大回りして待っていると、大分してから来たので走って行って飛び乗られたら、乗っている人達が手を叩いて喜んだそうな。」 |
| 「ほーん。足もはえかもっしぇんだども、けえべんも遅かったちーことだね。」 |
「フーン。足も早いかも知れないが、軽便が遅かったということですね。」 |
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(注):「新木佐のせんせぇの本」とは、昭和61年11月に平田市文化団体協議会発行の「ふるさと平田の昔話」のことで、木佐紀久先生のご生前に有線放送で語られた文を主として編集されたもの。 |