「出雲のお祭り」を紹介するコーナー。
 
 
 〜 「新酒祈願祭(松尾神社) - 10月 - 」 〜

 「酒の神様」として知られる平田市小境町の「松尾神社」で、仕込みの時季を迎える出雲杜氏が勢ぞろいし上質の新酒ができるように祈願する「新酒祈願祭」が、毎年10月におこなわれます。
 松尾神社は佐香(さか)神社とも呼ばれ、出雲国風土記は、「神々がこの地に集まり、酒を造って盛大な宴会をした」と記されていることから”酒造りの祖”として信仰を集めています。また、酒の神様「松尾様」の名をいただく神社は京都・松尾大社と平田市の松尾神社だけで、「1年1石(180リットル)」の酒造免許を受けています。
 祈願祭は平田市の伊野地区、松江市の秋鹿(あいか)地区を中心にした杜氏集団でつくる出雲杜氏組合が開いています。本殿横に設けられた祭壇でまず清めの儀式「湯立て神事」が厳かに執り行われた後、9月末に仕込んだ、どぶろくを入れた白木の樽(たる)が開けられ、腕(わん)に盛られた酒を神前に奉納します。 玉ぐしをささげて香り高き上質の酒ができるよう祈り、なみなみと盛られたどぶろくを杜氏たちが回し飲みます。 この行事が終わると、杜氏たちは県内をはじめ、鳥取や広島の蔵に入り、来春まで続く酒造りに取り掛かかります。

【どぶろくを飲んだ感想 by uehama】
 一昨年、どぶろくを味わい、どぶろくを語る「第3回全国どぶろくサミットin平田'99どぶろく祭り」が10月12日・13日の2日間、島根県平田市市立文化館、及び松尾神社で開催されました。私は、平田市市立文化館で講演を聴き、その後松尾神社に行きました。どぶろくは一度も飲んだことがなかったのですごく楽しみにしていました。お猪口をいただいた時、見た瞬間、「うわぁ、真っ白!」と思いました。更によ〜く見てみると、飯粒がたくさん見えます。恐る恐る飲んでみると…初めて口にする何とも濃い〜味。口の中で飯粒も踊っていてこれまた妙な感じ。「現代のお酒」を飲んでいる私にとっては驚きでした。でも、美味しかったです。また、機会があったら行ってみたいです。


●お酒にまつわる読み物
■神様はお酒好き!?
 「佐香神社の小高い丘に神様たちが集まり、酒を造って大宴会をされた。しかも180日間も!」と出雲国風土記にあります。
 それにしても一年の半分も酒盛をされるとは豪勢なことです。根っからの酒好きなんですねぇ。神々が酒宴をするのは世界でもここだけです。
■「八俣(八岐)の大蛇伝説」
 天の岩戸事件により、さすがの須佐之男(すさのお)神も高天原を追放になってしまいま した。須佐之男神は地上に降りてきてから、出雲の国の鳥髪という所まで来 ます。その時、川に箸が流れて来たので、須佐之男神は、上流に人が住んで いることにと気付き、行ってみることにしました。

 さて、須佐之男神が川の上流に行ってみますと、そこには年老いた夫婦と娘 が一人いて、三人して泣いていました。須佐之男神が何故泣いているのかと 尋ねると男が事情を話します。私たちにはもともと娘が8人いたのですが、 毎年今頃になると大蛇がやってきては、娘を一人ずつ食って行く のです。今年はとうとうこの娘の番かと思って泣いております、と。

 須佐之男神が、「その大蛇というのはどんなものか?」と尋ねると、「頭が8つ・尾が8つで体にはたくさん木がはえていて、長さは8つの谷・8つの峰にわたっています」と言います。

 ここで、須佐之男神は「自分は天照大神の弟である」と身分を明かし櫛名田姫 (くしなだひめ)という名のその娘を自分の妻にくれと申し入れ、その大蛇 は自分が退治してやろうと言うのです。夫婦は恐縮して、その申し出を承知 しました。すると、須佐之男神は櫛名田姫を櫛の形に変えて自分の髪にさした上で、夫婦に命じて八塩折酒(8度醸造した酒)を作らせます。そして、垣を めぐらして、8つの門にそれぞれ8つの桟敷を作り、その桟敷毎に酒樽を置かせました。

 そして、やがて八俣の大蛇が現れますが、大蛇は酒の匂いにつられ、8つの門 に自分の8つの首をさしいれ、それぞれの首が中の8つの桟敷を順にめぐっ て酒樽の中の八塩折酒を飲み、とうとう酔いつぶれて眠ってしまいます。すると、須佐之男神はすかさず自分の剣を抜いて、大蛇をずたずたに切りきざんでしまったのです。

 この時、大蛇の中ほどの尾を切ったときに刀の歯がこぼれたので不思議に思 って切り開いてみると、中から素晴らしい太刀が現れました。須佐之男神は 後にこの太刀を天照大神に献上しました。これがやがてヤマトタケルに伝わることになる天叢雲剣(あめのむらくものつるぎ)です。この剣の名前は 八俣の大蛇の上にいつも雲がかかっていたためとされます。後にヤマトタケルがこの剣で草を切って火事が迫ってくるのを防いだことから、その後、この剣は草薙剣(くさなぎのつるぎ)と呼ばれるようになります。現在、この剣は名古屋の熱田神宮に祀られており、皇室の三種の神器のひとつとなっています。

 なお、この時、須佐之男神が八俣大蛇を切った剣は、蛇麁正(おろちのあらまさ)あるいは天蝿折剣(あめのははきりのつるぎ)と呼ばれ、後に物部一族の石上神宮に伝わることになります。

 こうして八俣の大蛇を倒した須佐之男神は櫛名田姫と一緒に暮らす新居にふさわしい場所を求め、家を建てて「私はすがすがしい気分だ」と言いましたので、その地を須賀といいます(現在の須我神社)。ここで二人は幸せな日々を送ることになるのですが、その時盛んに雲が立ち上るのを見て須佐之男神は次のような歌を歌いました。

   八雲立つ 出雲八重垣 妻篭みに 八重垣作る その八重垣を

 古事記にはたくさんの歌が出てきますが、一番最初に出てくる歌がこれです。 これにより須佐之男神は和歌の元祖とみなされることがあります。

※古事記より