「出雲のお祭り」を紹介するコーナー。
 〜 「縄久利(なわくり)神社の春の例大祭 - 4月24日 - 」 〜

拝殿

傘鉾
 中国山脈の奥所、広瀬町東比田にある縄久利神社の春の例大祭は、出雲地方はもちろん、県内でも珍しい、見事な傘鉾(かさほこ)の祭りです。
 傘鉾の高さはおよそ2mから7,8mもある太い竹に、直径約1mから4mくらいの傘をとけ、それにぎっしりと造花をとりつけたものです。各地区から持ち出された傘鉾十数本が、美しく立ち並ぶお旅所で神事が進められていきます。
 縄久利神社の御祭神は大山祗命と牛飼姫命で、東比田地区の氏神様というより、牛馬の守護神として、島根県内はもちろんのこと、遠く鳥取、岡山両県にも聞こえた神社です。
 お旅所へさがった御輿(みこし)の前で七座の神事が終わると、神輿の還御といっしょに、それぞれの傘鉾も続きますが、途中、花がえし場まで来るとこの傘鉾を倒します。すると参拝者はこの花枝を抜き取って持ち帰り、牛馬安全のお守りにします。
※参考文献…「ふるさと山陰の祭り」(著者:平野 勲)

●山中鹿介(やまなかしかのすけ)銅像
 尼子氏の本拠だった月山富田城跡(島根県能義郡広瀬町)の太鼓の壇に、尼子氏の家臣、山中鹿介の銅像が立っています。この銅像は昭和553年鹿介没して400年を記念して建立されました。
 かぶとにはトレードマークの三日月、手を合わせ天空を見つめるポーズ。「願わくば、我に七難八苦を与えたまえ」と、三日月に向かって祈ったといわれる逸話はあまりにも有名です。
 主君尼子義久が永禄9年(1566)11月、毛利に敗れたあと尼子勝久を擁して富田城を奪回、尼子再興を期して孤軍奮闘の活躍をしました。しかし、天正6年(1578)7月17日、夢ならず備中甲部川阿井の渡し(岡山県高梁市)において毛利の家臣、河村新左衛門、福間彦右衛門によって討たれ、34年の生涯を終えました。