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「出雲のお祭り」を紹介するコーナー。
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〜 「白潟天満宮例大祭(松江) -
7/25 - 」 〜
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| 【毎年行きます。 by uehama】 私は会社の中で「祭り荒らし」と呼ばれているほど祭り好きです。毎年全てのお祭りに行っているわけではないのですが、夏に開催される祭りはほとんど毎年行っています。 夏の第一弾として行くのが、「天神さん」。ここは、露店の数がとにかくすごいです。また、天神町商店街もすごく賑やかで、前になかなか進めないほどです。道路も一部歩行者天国になっており、そこで皆さん飲んだり食べたりしています。 そして、ここの目玉が、「女みこし(通称:ギャルみこし)」、「企業みこし」、「子供みこし」。ハッピを来た威勢のいい男女や子供たちが人ごみの中を「ワッショイ、ワッショイ!」担いでいきます。間近で見るとスゴイ迫力ですよ。 |
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| ●おかげ天神 | ||||
当宮の御祭神である菅公(菅原道真公)は、承和(じょうわ)12年(845年)乙丑(きのとうし)6月25日に輝かしい伝統を持つ学者の家にお生まれになりました。幼名を阿呼(あこ)といい、文才に優れ、早くも5歳にして「うつくしや紅の色なる梅の花 あこが顔にもつけたくぞある」 と和歌をお詠みになりました。18歳で文章生(もんじょうのしょう)、33歳の若さで文章博士(もんじょうはかせ)、その後栄進して右大臣まで破格の昇進を遂げられ、従ニ位(じゅにい)に叙せられました。しかし、左大臣藤原時平等の中傷により、57歳になられた正月、にわかに左遷され、延喜(えんぎ)3年(903年)2月25日大宰府でお亡くなりになりました。没後まもなく位が復され正一位太政大臣(しょういちいだいじょうだいじん)が贈られました。その後、天満大自在天神(てんまんだいじざいてんじん)と崇められ、国内一万二千社におまつりされています。 この菅公のご聡明で広大なご神徳にあやかって、ご神像を建立いたしました。ご高齢の方々には、いわゆる「ぼけ封じ」・「諸病平癒」を特に祈念致しました。また、お子様の「学業や技芸の進達・すこやかなご成長」、試験を受けられる方の「受験合格」、そして広く皆様方の「健康と家内安全・諸業繁盛」を併せて祈念しております。 献灯台に灯明を点じ、白布に清水を含ませ、願意に沿ってご神像のお身拭いをして拝礼し、大神様の「おかげ」(ご神徳)をお受け下さい。 |
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※参考文献:白潟天満宮、「おかげ天神」御由緒より
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