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「出雲のお祭り」を紹介するコーナー。
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〜 「押輿まつり(仁多郡仁多町) -
10月1日 - 」 〜
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10月1日、900年もの歴史があると伝えられる阿位八幡宮(下阿位)の秋祭りが行われます(祭風景がないので、せめて「看板」で雰囲気だけでも…)。この祭りには、全国でただ一ヶ所だけしか残っていないと聞く伝統行事の御輿の押し合いがあり、押輿まつりとして有名です。氏子の若者たちが絣の着物にタスキがけ、それに素足といったいでたちで、境内から投げ落とされた御輿をかみ手としも手に分かれて押し合うもので、勝敗によってその年の豊年を占う行事です、 祭りの日は平素静かな山村も夜遅くまで賑わうと聞きますが、永長元年(1096)に米山城主の佐野源五延宜公が京都石清水八幡宮から三神を勧請したとき、天下太平、五穀豊穣、家内安全を願って始めたのが、この祭りの始めといわれます。 綱引きなどの勝敗によって、その年の豊年を占う行事は全国に数多く見られます。また、新潟県糸魚川市の喧嘩祭りや姫路市の妻鹿神社の喧嘩祭りのように御輿をぶつけ合う祭りはありますが、100人余りの若者が二組に分かれ自分の住む地区に向かって御輿を押し合う祭りは全国でも珍しい神事です。 |
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| ●鬼の舌震(したぶるい) | |||
【鬼の舌震の由来】鬼の舌震とはいかにも恐ろしそうな名前ですが、この名の由来は出雲風土記によれば、阿伊(現在の馬木)の里に美しい姫が住んでおり、この姫を慕って日本海に住む悪いワニが夜な夜な川をさかのぼってきた。姫は、このワニを嫌って大岩で大馬木川をせきとめ、姿をかくしてしまった。しかし、ワニの姫に対する気持ちは変らず、その後も幾度となく川をさかのぼってきたと記されています。 この”ワニの慕ぶる”が転訛(てんか)して”鬼の舌震”と呼ばれるようになったといわれています。 【地質と成因】 鬼の舌震一帯は、やや赤みを帯びた粗粒黒雲母花崗岩からなり、長年にわたる河川の浸食作用により深いV字渓谷を形成しています。この渓谷は、断層節理に沿って侵食がすすみ、約2kmにわたって蛇行を繰り返しています。両岸の岸壁は、節理面そのものが急崖をなして谷底に傾斜しており、谷底には巨礫が累積しています。この巨礫の中には平らな面が残されているものが多く見られますが、これは崩壊以前の節理面の名残です。 ※「鬼の舌震」に設置されている看板の記述を引用 |